| ウオッチマン・ニー全集第三十一巻 |
ウオッチマン・ニー全集 第二期 中期の著作 (一九三四年から一九四二年まで) 第三一巻 開かれた門(一) 序言 一 第 一 号 二 第 二 号 三 第 三 号 四 第 四 号 五 第 五 号 六 第 六 号 七 第 七 号 八 第 八 号 |
日中戦争(一九三七年七月―一九四五年九月)のゆえに、主の回復の中の多くの聖徒たちや同労者たちは、沿岸諸省から中国内地へと移住しなければなりませんでした。このようにして散らされていった時、ウオッチマン・ニーは負担を受けて、「開かれた門」を出版しました。それは、正式な出版物としてではなく、彼の個人的な務めの一部として、散らされた聖徒たちに仕えるためでした。 「開かれた門」は、一九三七年九月から一九三九年九月にかけて、第十九号まで出版されました。「開かれた門」は一九四八年に、「務め」という新しい名称の下で出版が再開されました。同労者や諸召会に関する知らせだけでなく、パジェット・ウィルクス(Paget Wilkes)著の「救霊の動力」という書物から引用された同名の記事が第七号から第十三号に掲載されたり、オースチン・スパークス(T. Austin-Sparks)著の「この時代に神が求める働き人」という記事も第十二号に掲載されました。これらの記事はウオッチマン・ニーによって書かれたものではないため、第三一巻と第三二巻には収めてありません。 入手することができなかった第二号を除けば、「開かれた門」のすべての号が本全集の第三一巻と第三二巻に収められています。第一号から第八号までが第三一巻に収められており、第九号から第十九号までが第三二巻に収められています。 第三一巻と第三二巻では、繰り返し出てくる、あまり重要でない資料は省略しました。例えば、戦争のゆえに移動している個々の聖徒たちの名前のリストや住所、また各地の諸召会の住所などです。ある時は、繰り返し出てくるお知らせも省略しました。原文の見出しの後に出てくる資料を省略した時も、見出しは残しておくようにし、そして省略した場所を示すように努めました。 第三一巻と第三二巻に、地名や人物名など多くの中国語の名称が出てきます。読者が地名と個人の人名とを区別するのを助けるために、幾つかの一般的な決まりがあります。 第一に、個人の人名は、中国語の人名の慣習にのっとった順番で示されています。すなわち、姓が先で、名が後です。多くの場合、名は二文字の中国語から成っており、英文で翻訳する時はハイフンでつなぎます。例えば、ウオッチマン・ニーの中国名は、ニー・トゥーシェン(Nee To-sheng)と翻訳されます。ハイフンを含んでいる中国語の地名と識別するために、ハイフンのすぐ後に来る文字は、翻訳する時に小文字にしてあります。例えば、An Jing-tien、Bao Hsu-min、Chen Ke-san などです。これらの決まりの例外として、ウオッチマン・ニーの同労者たちの広く一般的に知られている名前が、彼らの中国語名の代わりとして用いられています。例えば、ウイットネス・リー(Witness Lee)、サイモン・ミーク(Simon Meek)、フィリップ・ルアン(Philip Luan)、フェイスフル・ルク(Faithful Luk)、K・H・ウェイ(K. H. Weigh)、ルツ・リー(Ruth Lee)、フィビー・チャン(Phoebe Chang)などです。 第二に、読者が地名と個人の人名とを識別するのを助けるために、中国語の地名でハイフンのすぐ後に来る文字は、翻訳する時に小文字にしてありません。例えば、フーチン(Fu-Ching)、シェンヨウ(Sien-You)などです。この決まりの例外として、第一巻、第二五巻、第三一巻の中国の地図に現れる地名のつづりは、第一期分と第二期分全部において同じにしてあります。また、多くの中国語の地名は一語で表されることがあることも、併せて記しておきます。例えば、フーチョウ(Foochow)、チーフー(Chefoo)、シャンハイ(Shanghai)、ペキン(Peking)などです。 第三一巻と第三二巻に出てくる人名と地名は、本全集の残りにおいても続けて用いられています。編集上の手違いにより、第二五巻と第二六巻の人名と地名は、これらの決まりに沿っていません。 *以上の決まりは、英語版のニー全集の序言に記されているものですが、日本語版のニー全集では、日本語にも漢字表記があることを踏まえて、中国語の人名と地名は、できるだけ同じ漢字で表現するように努めました。ただし、日本語にない漢字については、やむを得ずその発音をカタカナで表記してあります。また、英語表記にあるようなハイフンは入れてありません。 |